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何かをやってのけること。
人は、人生の中で一度は、死にたくなるようなことに出くわす。
生涯、爛々として、前ばかり向いて、生きられるものではない。

時には、後ろ向きになってしまうことが、人間の性(さが)である。
これは、なんぴとたりとも、避けられないような気がする。

そんななか、人は、唯一認められた100%の死というものに向かって一歩一歩、歩んでいる。しかし、ある人は、駆け足で過ぎて行き、ある人は、止まりながら進んでいる。

それと共に、それぞれの宿命のようなものを背負って、進まねばならない。そして、その宿命をのり越えることによって、人は、また、大きくなれる。

限られた人生のなかで、何かを成し遂げるということは、そういうことなのかも知れない。
山、谷のり越えて、這いつくばって生きぬくことが、何かを成すことのひとつなのである。

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テーマ:コラム - ジャンル:日記

【2006/02/14 01:38】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
いさぎよさ
日本人は、古来から、「いさぎよさ」というものに好意的だ。

人間は、常に浮きつ、沈みつつ、右往左往して生きなければならない宿命を持っているので、いざ、というときにいさぎよい振るまいというものを、なかなか、できるものではない。

日本史の中で、戦国時代や明治維新が、現代の人々に多く興味をもたれるのは、登場人物の生きざまのいさぎよさに共感する部分も多々あるように見受けられる。

私は、これを身につけるためのひとつの方法として、何か、人生の中で、ひたむきに馬鹿になれるものをみつけて打ち込む姿勢を身につけることだと思う。

ひとつでも、その何かを、すでに見つけそちらに向かっている人は、人間的にピンぼけしにくいと思うのである。

ひたむきに馬鹿になって打ち込む、それが、いさぎよい生きざまへの突破口のような気がするのである。
   「ひたむきな、いさぎよい生きざま」
まさに、私が望む人生の方向性である。
しかし、なかなか、むずかしい。
いやいや、むずかしい。

テーマ:コラム - ジャンル:日記

【2006/02/09 01:36】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
おかしな国
日本という国は、おかしな国である。
国の借金が、いくらあるか、本当の数字を、政治かも、官僚も、誰も知らない。
それなのに、自他共に経済大国を自負し、援助金を海外にばらまく。
日本国内では、年金、税金、その他、お金が足らない足らない足らないといって、微にいり細にいり一斉値上げである。

それなのに、国の執行係を担っている、政治家も、官僚も、天下り先のどうしょうもない面々の給料のカットは、微々たるものである。

彼らのような、自らが作った守られたシステムの中からしか、物が言えない連中の言うことなど、全く信用ならないのが、現状なのである。

堅牢な城や砦を築き、たてこっもったまま、一般市民を、城の外において見下ろすやり方を、いつまでも続ける風土に民主主義などという面影はない。どこまでも、まじないの上で踊らされている民衆を生み出し続けるシステムに他ならない。

いつまで、一般市民が、国を持ち上げ、一部の低モラル特権階級が、国の価値を下げ続ける構造が、続くのか。

じつは、日本という国は、天下国家を、大きく張り上げる連中が、国を、疲弊させ、財政を浪費し、国家のモラルや、文化さえも破壊し続け、それに対し、年中油まみれで働き続ける工場の作業者や、パートの主婦の方々など、ごく一般的な庶民が、生活苦の名の下に、国を大きな力で支えているという現実を、はっきり、連中は、認識しなければならない。

大きな政府、小さな政府などと念仏のようにの唱えている安っぽい政治家が目立つが、その前に、彼ら自信の数を、半分以下に減らす努力をしたらどうか。
議員として、国会に出て、居眠りをしている輩に払う、血税を削ってから、ものを言うべきである。

名ばかりの、民主主義など、のうのうと国のためになどという虚言を続ける輩の懐を肥やすためだけにあるだけである。

もっと、普通の良識に政治という分野から触れることはできないものか?

テーマ:経済 - ジャンル:政治・経済

【2006/02/06 13:07】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(1) | page top↑
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