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続、愛するということ。
愛するということについて、私自身の体験を少々。
『愛』というものが、発する源は、両親、特に母親の力が絶大で、人それぞれの愛の深さ、情の深さの源泉となることは、逃れられない。

しかし、私は、早くから、その両親の愛情というものに、疑問を持って生きてこなければならなかった。
私が、生まれ育った家庭というものに、小学校の低学年くらいから、疑問を抱いて育った。案外、幼いときから愛想がよかったので、遊びに来る両親の知人によく「うちの子にならんか?」などと冗談で言われたりした記憶があるが、本当に連れて行って欲しいと、私の心が、言っていたことを、昨日のように思い出す。だから、根は、深い。
詳細は、長くなるので、よしておくが、結論から言うと、魂が、根本から違うということに、違和感を覚えざるおえなかったということ。
仮面家族の中で息苦しい思いをして、生活するくらいなら、どこかへ行ってしまいたいと強く思って若い時期を過ごした。
生み育ててもらった感謝の心は、忘れたことは無いが、私にとって、それに余りある虚無感のある家庭だった。
そこで、私は、本来絶対的でなければならない、両親の愛に疑問を持たなければならなかったので、いちから探さなければならなかった。
愛することというのが、わからなくて、最初うちは、好きでもない人に告白してみたりもした。そうやって、自分を確かめてみるしか、出口が無いような、10代だった。
それから、二十歳の時にバイト先で知り合った女性と大恋愛をした。今思えば、彼女との出会いが、大きく私の人生を変えてくれた。抱きしめあうということが、二つの体が、ひとつになりたがっている。そんな熱情を実感できた深い心の結びつきが、そのときできた。
人を、愛することが、できるということに、そのとき、やっと気づけた。それが大きな自信となって帰ってきた。
私の中の空虚を満たすことが、家庭外でもできる。
それ以来、爆発的に外へ、外へと私の心を探求する人生行路が、はじまった。そこから、一人でヨーロッパを、放浪したり、そこから帰ってすぐに、大学に行き東京に長く住んだり、やろうとおもったことを、手当たり次第にやった。もちろん、全て、自分で稼いだお金で完結した。(仕送りをもらうという概念は、私の中には無い。)
私の場合、そのときの深い愛が、人生の舵を切らせた。
それから、いくつかの恋愛を経験し、愛すること、愛されることの難しさ、希少さを、刻んで生きてきた。
結果、大きな愛を持ちたい、深い愛を持ちたい。そう考えるようになった。しかし、自分を磨く作業をやめてしまえば、もろくも崩れ去るはかないものだということもわかった。この愛というテーマは、人間にとって、きっと、永遠に続くだろうが、私にとっては、外からまず、探してこなければ、どこにも無かったということだけ伝えておこう。
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【2005/12/08 02:06】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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